MATSUZAKA×OSUGA

 2002年3月31日に札幌ドームで行われた、大菅小百合と西武ライオンズ(当時)の松坂大輔投手の、松坂世代対談をここに掲載!
 これは北海道新聞社が発行していた「道新Today」という雑誌に掲載されたもので、当時「西武ライオンズ・ファンブック」というムック本でインタビュー・ライターをしていた米田が、そのコネを生かしてソルトレークシティ五輪を戦い終えたばかりの大菅と松坂の対談を企画した。
 最後に、本誌には掲載できなかった、対談時のこぼれ話を書きたいと思うので、どうか最後まで読んで欲しいと思います。では、どうぞゆっくりと読んでみてください。

 松坂大輔投手と大菅小百合選手。スポーツ界の新時代を担う二人の二十一歳が、札幌で初めて顔を合わせた。前日の三月三十日、松坂投手の見事なピッチングをスタンドから目にした大菅さん。まずは初めて生で見た松坂投手の印象について話をしてもらった。

大菅「もう“凄い”の一言ですよ! すべてにおいて凄いですね。大事な開幕戦という緊張とプレッシャーを持ちながら、あれだけ(4万人)の大観衆の中で自分のピッチングができるなんて本当に凄いと思いました。それに私と同じ歳なので、自分にとっても刺激になりましたし、凄く良かったですね」
米田「松坂選投手は大菅選手について、どんな印象を持っていましたか?」
松坂「今年のオリンピックは僕と同世代の選手が多かったこともあって、その辺を注目して見ていたんですけど、その中でも、清水宏保さんとも面識があったので、特にスピードスケートは注目していました。(大菅選手に関しては)オリンピック前からかなり強気な発言をしていたので、実は気になっていたんですよ。僕も自分にハッパをかけて力を出していくタイプだと思っているので、凄く(精神的に)近いものを感じていましたね」
米田「二人の共通点として、強気で負けず嫌い、そして目立ちたがり屋といいうのがあると思うのですが?」
大菅「目立ちたがり屋なんですか?」
松坂「う~ん・・・(笑)。あまり自分から目立ちたいと口に出しては言わないですが、ピッチャーというポジションということもあって、いやが応でも目立ちますからね(笑)」
米田「緊張感やプレッシャーを力に変えられるという意味でも共通していると思うのですが」
松坂「緊張感やプレッシャーを楽しんでマウンドに立てるので、昨日開幕戦も、いい緊張感の中でいいピッチングができたと思いますね。特に開幕戦は二年連続で負けていましたし、そういう中で勝てたのは自分にとっても良かったと思います」
大菅「ええっ!? そんなに緊張していたんですか?」
松坂「やっぱり最初にマウンドに立った時は、自分でも硬いなぁと思いましたよ」
大菅「そうですか。私には全然緊張しているようには見えなかったですよ。凄く堂々としているようんい見えたんですけど」
松坂「いえいえ、やっぱり緊張してましたよ。ただ、それを相手バッターに悟られるとマズイので、まあうまくごまかせたんじゃないですか(笑)」

オリンピックの雪辱へ

 高校を卒業後、プロ実業団に進んで三年が経ち、今やそれぞれの世界の中で「エース」とされる選手に育った。その立場に置かれている自分に対する責任感や自負といったものを、心の中ではどう感じているのだろうか。
松坂「入団した当初から、ライオンズには西口さんというエースと呼ばれる投手がいたので、そういった自負とか責任感は無いに等しかったのですが、昨年の成績もあって、これあらは自分がもっと先頭に立ってチームを引っ張っていかなきゃという気持ちがやっと出てきましたね」
大菅「私は。自分の中では全日本でトップを取ることはもう当たり前だと思っているので、年上のお姉さま方(笑)にいはもう負けてられないな、という気持ちはありますよね」
米田「今年は冬季オリンピックがあって、大菅選手はその大舞台で悔しい想いをしました。同じように、松坂投手も二年前のシドニー・オリンピックで悔しい想いをしたと思います」
松阪「その悔しさはありますね。やっぱり自分の中でメダルを取れて当たり前だという気持ちでシドニーに行って、結果、ぼくは一試合も勝てずに帰って来てしまったので。その辺はプロとしての意地とかプライドもありましたし、一緒に戦ったアマチュアの選手たちにも申し訳なかったとも思います。やっぱり僕自身凄く悔しかったですしね」
米田「大菅選手にとっては、まだつい線s日の出来事でしょうが、松坂投手と共通するような気持ちはありますか?」
大菅「そうですね。でも、その悔しさを生かして、今後辛い時があっても、それを乗り越えていくための力になりそうな気持ではいます」

それぞれのプレッシャー

 大菅選手は中学時代、夏はソフトボール部のエースとして全道大会に三年連続で出場したという経験の持ち主。実際、ソフトボールを取るか、スケートを取るか考えたこともあるという。
米田「大菅選手は、中学時代にソフトボールをやっていたのですが、知っていましたか?
松坂「はい、知ってます。ちゃんとチェック済みです(笑)」
大菅「ハッハッハ(笑)」
米田「もしスケートではなくソフトボールをやあっていたとしたら、どうでしたかね?」
大菅「いや~・・・、私は団体競技のプレッシャーが駄目ですね(笑)。どうなんですか? 団体競技の中での重圧うというか。自分がいいピッチングをしなきゃ、という責任感みたいなものはないんですか?」
松坂「う~ん・・・。僕は高校三年の春の選抜で優勝して、その後はもう勝って当たり前という中で試合をこなしていたので、何も感じなくなっていましたね。もう、どんな試合でも自然に何も考えずに入っていけましたね」
米田「松坂投手はスケートを滑ったことはあありますか?」
松坂「はい。でも、もう十年以上滑ってないですけどね。昔、近くにスケート場があったので、日曜日とかにはよく行ってましたね」
米田「スピードスケートで滑った経験は?」
松坂「いえいえ、そんな怖くてスピードなんて出せませんから(笑)」

松坂世代が盛り上げる

米田「同じ年齢のスポーツ選手としてエールを送るとしたら、どんな言葉を送りますか?」
松坂「最近、どんどん同年だ愛のスポーツ選手が出てきていますけど、そういう中で世代交代という時期ももうすぐそこまで来てると思う。僕はプロ野球の世界でトップを走っていたいと思うので、大菅選手にはスピードスケートの世界を引っ張っていってほしいと思いますね」
大菅「そうですね。私たちの年代が日本を背負って立てるように、松坂投手には野球界のトップでいてほしいと思います。そして、その活躍を見て、私も頑張りたいと思いますので」
松坂「・・・まだ正式なものにはしてないんですが、(昭和)五十五年生まれのドラフト同期の仲間を中心に毎年、今年一年お疲れさまでしたという会をやっているんです。今後はスポーツ選手に限らずもっと大きな輪を広げていいきたいと思っているので、それを早く実現させたいと思っています」
大菅「面白いですね! 機会があれば、ぜひやりたいです」
松坂「じゃあ、一人確保っていうことで(笑)」
大菅「そうですね(笑)」

そして世界へ目を向けて

 北海道は長引く不景気の影響を強く受け、人々にも元気が無くなってきている。その北海道に元気を与えるのが、縁の深い大菅選手と松坂投手の活躍だと信じている
松坂「今年は札幌での試合が増えます。昨年(稚内に住んでいた)おじいちゃんが亡くなってしまいましたが、まだおばあちゃんがいるので、元気な姿を見せたいですし、他にもいっぱい応援してくださるファンの方々がいるので、できるだけ北海道の試合で投げて頑張っている姿を見せたいと思いますね」
大菅「私は北海道出身ということで、道産子パワーを出して、そうやって頑張っている姿を多くの人たちに見てほしいですね」
松坂「そうですね。僕らが頑張っている姿を見て、少しでも盛り上がればいいですね」
 そしてこれからは、北海道から日本、さらには世界を相手に戦っていく二人でもある。
松坂「メジャーリーグの試合は、朝早い時間でもけっこう見てますね。野球の世界はなかなか世界一を決めるのは難しいですからね。でも、いずれは世界を舞台に戦いたいという気持ちはあります」
大菅「私はやっぱり、(世界王者の)ルメイドーン選手に勝ちたいですね。来シーズン限りで引退するという話もあるので・・・。早くしないと時間がないですからね」
米田「きっと今年は松坂投手が二十勝くらいすると思うので、それを見て夏の合宿やトレーニングを頑張って・・・」
松坂「そうですね。どうにか励みになるように頑張りますので(笑)」
大菅「はい(笑)。それを見て頑張ります!」